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ねおゆうきの日々のメモ

交差する道(パーソナルメッセージ)

"I hope our paths will cross again"という英語表現があります。人との別れ際に使う言葉で、直訳すると「お互いの歩む道が再び交差しますように」という意味ですが、「またいつかどこかで会えますように」という思いを込めて使います。私はこの表現がとても好き。

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この表現を聞くたびに思うのですが、人との出逢いは、まさに道が交差するようなもので、それぞれ違うところから発して、違うのところを通ってきた別々の道が、あるとき1点で交わるのって、偶然のようだけど、もしかしたら必然なのかもしれないな、って。

それぞれ違う時に違う場所で生まれて、違う場所で違う生き方をして来たもの同士が、あるとき出会って、語り合い、共感し、泣いたり笑ったりしながら、愛や友情を築く。そしてそこから寄り添うように一緒に進む道もあれば、それぞれまた違う方向へ向かっていく道もある。長い人生の中で、それぞれの道が交差したポイントは、点のように短い期間だったりするのに、それがそれ以降の自分の生き方に大きな影響を与えたり、宝物のようにかけがえのないものになって、自分という人間の一部になっていく。

子供の頃にも、大人になってからも。いろんな出逢いがあったけど、そんなふうに大事な大事な宝物になっている出逢いが、私にもいくつかあります。

輝美という親友との出会いもそのひとつ。彼女と出会ったのは小学校5年生の時。海上保安官だった父の仕事の関係で、小学校の間に3回転校した私は、5年生のときの舞鶴(京都の日本海側にある町です)への転校がこたえて、内気で口を開かない子になってしまいました。そんな私に仲良く接してくれて、私の心を解してくれたのが輝美。明るくて、優しくて、美人でスレンダーで、頭よくて、スポーツもできて。名前の通り、キラキラしたクラスでも人気の女の子でした。お父様が、うちの父と同じ海上保安部管轄下の仕事をされていたので、そんなところで共通項もあり、5・6年の2年間を同じクラスで楽しく一緒に過ごしたのだけど、小学校卒業後は、輝美も私も父親の転勤で、それぞれ違う土地の違う中学に入学することになったのでした。

輝美は丹後へ、私は高松へ。お互いの様子を知らせるために自然と2人の文通が始まりました。当時は昭和のEメールなんてない時代ですし、まだ子供ですから、可愛い便せんを買ってきて、学校のこと、部活のこと、友達や家族のことなど知らせ合いました。その文通が、なんと大人になっても続き...。恋の相手のこと、仕事のこと、結婚のこと。話題も年に応じて変遷をたどり、だーれにも話さないようなこともお互い手紙の中で打ち明け合いました。輝美は誰よりも私の過去を知っている女性...。

やがて2人とも結婚し、お互いに仕事や子育てで忙しくなった頃にはEメールも普及していたので、手紙の代わりにEメールを交わすようになり、直筆で送る書簡はついに年賀状だけになっていきました。そして私がニューヨークに引越し、喪中が続いたり引越したりしているうちに段々とメールもついに途切れてしまい...。

どうしてるのかなあ。気になりながらも日常の忙しさにかまけて時間に流されていきました。音信途絶えて久しくなり、このまま大切なものを失ってしまうのではないかという不安が心をかすめたそんなとき、以心伝心のように彼女の携帯からメールが届きました。

「ブログ読んでるよ!」と。嬉しかった〜!すぐに返信したんですが、なぜかメールが戻ってきてしまう!ドコモのサーバーが拒否しているというメッセージ。なぜー??彼女のPCは壊れたまま放置してあるらしく、携帯にしかメールを送れない状態だというのに。

そうこうするうちに、今度は私の誕生日に、バースデーカードが送られてきたのです。「XX歳のお誕生日おめでとう!」から始まる、懐かしい彼女の直筆で書かれた手紙が添えられて。

私の誕生日、覚えていてくれたんだ。ありがとう!そう、何年も何年も、お互いの誕生日にはお祝いのメッセージを送り合ったもんね。相変わらず丁寧な字で書かれた彼女の近況を読みながら、嬉しくて涙が止まらなくなりました。SNSで簡単に誰とも繋がることができ、簡単にメッセージが送れる今の時代だからこそ、私のためにペンを執り、時間をかけて手紙を書いてくれたことが、心からありがたくて。

便せんに一文字、一文字、思いを込める。それが私たちの繋がり方。同じ時間を共有したのは、小学校の2年間。小学校卒業後に会ったのは、たった2回。その後、まったく別々の道を歩んできた私たちだけど、心の中ではずっと繋がっている。伝えたい思いと、それを受けとめたいと思う心が、お互いを繋いできたんだと思うのです。

輝美、メールが送れないからここに書かせてもらったよ。輝美は子育てが一段落、私のほうはもうちょっとだけど、お互い少しゆとりができ始めたところ。まだまだこの先、人生に何が待ち受けているか分からないけれど、これからもお互いがんばって行こうね。そして、すっかりオバちゃんになってしまった私たちだから、再会するのはちょっと気恥ずかしい気もするけど、いつかそんな日が訪れるといいね。いつかその日が訪れたら、でも私、きっと泣いちゃうだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

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